
※登場人物は全て仮名です。
あれは忘れもしない、27歳の春だった。
当時の私は、週に3回、鼻パックをしていた。ごっそり系の、剥がすと黒いつぶつぶがびっしり並ぶあれだ。
毎回「うわ、すごい取れた」と感動し、スマホのカメラで接写して、誰にも見せないのに保存していた。
今思うと完全にサイコパスの行動だが、当時の私には毛穴に人生を懸けていたので仕方ない。
洗面台の前で剥がす瞬間だけが、唯一の達成感だった。
仕事でミスしても、彼氏に既読無視されても、パックさえ剥がせれば「まあいっか」と思えた。もはや精神安定剤である。
そんな生活を半年ほど続けた頃、皮膚科へ行く機会があった。別の用事で行っただけなのに、先生がちらりと私の鼻を見て、
「それ、週何回やってます?」
と聞いてきた。なぜわかるのか。毛穴は喋らないはずなのに。
「3回くらいです」と答えると、先生は静かに、しかし確実に私の人生に一撃を食らわせた言葉を言った。
「毛穴、広がりますよ。それ」
その日の帰り道、私はコンビニのガラスに映った自分の鼻を見た。毛穴は以前より明らかに大きくなっていた。半年間、私は何をしていたのか。穴を掘って、喜んで、また掘っていたのだ。
シーシュポスの神話かよ、と思ったが、シーシュポスは少なくとも岩を転がす目的があった。私はただ毛穴を広げていただけだ。
27歳の秋、私はTikTokで美容アカウントを漁り始めた。
「ナイアシンアミド!」
「レチノール!」
「ビタミンC誘導体!」
と叫ぶ美容系インフルエンサーたちの動画を1日2時間見て、成分表示を読むのが趣味になった。
ドラッグストアで気になる化粧水を手に取り、裏面の全成分表示を指でなぞりながら「あ、これPGが3番目に来てるな」とか言い始めた。完全に怪しい人間だ。
隣で商品を見ていた主婦がそっと離れていくのを感じたが、気にしなかった。私には成分という真実があった。
なのに、肌は変わらなかった。
ナイアシンアミド配合の化粧水を3本使い切っても、毛穴は閉じなかった。レチノールも試した。ビタミンCも試した。その結果何が起きたかというと、肌荒れと出費だけが増えた。
そんな頃、インスタのストーリーで「ビーグレン」という単語が流れてきた。「QuSome処方で有効成分を角質層の奥まで届ける」と書いてある。
へえ、と思ってスワイプした。よくある高い化粧品の宣伝だろうと思ったのだ。
これが、私の最大の失策だった。
後から知ることになるのだが、私がドラッグストアで血眼になって選んでいた「成分」は、肌の表面でほぼ弾かれていた。角質層というのは優秀なバリアで、そもそも外からの物質をシャットアウトするのが仕事なのだ。
つまり私は、5年間、玄関の前でひたすらノックし続けていた。住人は中にいるのに。ドアは開かないのに。「ナイアシンアミドですが!」「レチノールですが!」とノックし続けていた。誰も出てこなかった。
28歳になった頃、職場の後輩がやたらと肌が綺麗になった。
「何か変えた?」と聞いたら「ビーグレン使い始めたんです」と言った。またその名前だ。なんとなく癪(しゃく)だったので「ああ、あの高いやつね」と流したが、内心は気になっていた。
家に帰ってレビューサイトを開いた。星5の嵐。だが私は賢いので、必ず星1から読む。美容品の星1はだいたい「全然効かなかった」か「肌荒れした」の二択で、そこに真実が宿っていると信じていたからだ。
「ニキビに効くって聞いたのに毛穴が全然変わらなかった」
「毛穴ケアを期待して買ったのに、全然ダメでした」
ほら見たことか、と思いかけて、ふと気づいた。
ニキビ用を買って、毛穴に効かなかった。
……それ、当たり前では?
調べてみると、ビーグレンは悩み別にラインナップが完全に分かれていた。ニキビ用はニキビのために設計されていて、毛穴用は毛穴のために設計されている。
当然の話なのだが、私は今まで「化粧水は化粧水」と思って使っていた。ハンバーガー屋に入って「ラーメンが食べられなかった」と怒っているようなものだ。
そしてその瞬間、思い出した。
3年前、「肌に合わなかった」と捨てた化粧水の数々を。
エイジングケアの化粧水を、ニキビ肌の私に使っていたあの日々を。
毛穴ケアのつもりで買ったのに、実はうるおい重視の設計だったあの一本を。
そして最後に、最も恥ずかしい話をしなければならない。
私は長年、「洗顔なんて流すだけ」という哲学を持って生きてきた。洗顔フォームに1000円以上出すのは情弱のすることだと本気で思っていた。
美容液には8000円出せるのに、洗顔は300円で十分、という謎の価値観。今考えると完全におかしい。玄関だけボロボロで、部屋の中だけ豪華にしようとしているようなものだ。
ビーグレンに「QuSome処方の洗顔」があると知った時、最初は鼻で笑った。「洗顔にもつける? マジで?」と思った。
しかしよく読むと、洗い流す過程でも有効成分が届くように設計されているという話で、私の「洗顔=流すだけ」という哲学が根底から崩れた。
10年間、毛穴の黒ずみを「体質だから」と思っていた。
遺伝だと思っていた。
日本人だから毛穴が目立つと思っていた。
違ったかもしれない。洗顔の話だったかもしれない。
その夜、布団の中で一人、声にならない「あ゛ー」が出た。隣の部屋に聞こえていたかもしれないが、それより毛穴の10年の方が問題だった。
結局、後輩に勧められるまま、悩み別のトライアルセットについて調べた。毛穴用なのか、ニキビ用なのか、エイジング向けなのか、自分の肌に合う入口がちゃんと用意されていた。
5年間、成分表示をなぞって、星1を読み込んで、300円の洗顔で節約して、ごっそりパックで達成感を得ていた私が、最後にたどり着いたのは「届けること」という、考えてみれば当たり前の話だった。
玄関はちゃんと開けなければならない。
毛穴は掘ってはいけない。
洗顔は、「流すだけ」ではないかもしれない。
私の27歳から29歳は、こうして静かに上書きされた。青春とは言えないかもしれないが、少なくとも毛穴と共に駆け抜けた日々だったことは確かだ。